2011年11月18日金曜日

根本山・十二山・熊鷹山

群馬県桐生市の最高峰 根本山を歩いて
群馬県と栃木県の県境の山 根本山(標高1199m)
渡良瀬川の支流、桐生川の根本沢から山頂は、信仰の山であり、最盛期は、江戸後期の文政年間から安政年間にかけての時期で、当時、根本山神社の社地は、彦根藩の領地であって、領主井伊直弼が暗殺された、桜田門外の変の頃まで栄えたと言われています。
根本山神社奥の院は、2m弱の三方が断崖の上に、鐘楼も同じやせ尾根の手前にあり、鐘楼の中をくぐって行く、立派な彫刻が施された、奥の院の社、当時何人もの信仰信者が背負って来て、ここで組み立てた?また現地で、伐採して、何十年も掛けて、宮大工、彫刻士が、製作した、また梵鐘は、現地では出来ないので、(鋳物枠等を作って、唐鐘を溶解して、流し込む)強力が担いで来たのか、信仰とは、はかりしれない力、またロマンがあります。

根本山 山頂 (三角点は、ない 御影石郡界)


上野国(こうずけのくに)根本山、十二山、氷室山は、修行の場であった、修験者は、天狗とも呼ばれていた、(お寺を持たなく、山の中をひたすら歩き、修業をする修験道の行者を山伏と言う、(天狗、烏天狗は、山伏の装束を身にまとう。)頭に頭巾(ときん)と呼ばれる多角形の帽子のような物を付け、手には錫杖(しゃくじょう)と呼ばれる金属製の杖を持つ、袈裟(けさ)と篠懸(すずかけ)という麻の法衣を身にまとう。
上野国(こうずけのくに)群馬県は、かって日本の地方行政区分だった国の一つで、東山道(とうさんどう、とは、本州の内陸部を近江国から陸奥国に貫く地方、およびそこに設けられた幹線道(街道)をさす。)に属する。上州(じょうしゅう)または、上毛(じょうもう)とも呼ぶ。

ルート 不死熊橋取り付き-根本沢-奥の院-根本山-根本山神社-十二山-熊鷹山-石鴨林
道-不死熊橋

不死熊橋の林道ゲート前の、左の岩稜を、直登して(ロープ)取り付く。



治山の布団籠の多段積みの、沢を、左岸から沢に渡り右岸側を尾根を巻いて行く。



右岸を高巻していくと、左に紅葉の尾根が見える(根本山から下降した尾根)


丁石 十四丁と刻んである。丁は、1.82×60間=109.2m、約1530mでは、距離が合わない、根本山ではなく奥の院を示している???
                    沢の中に石物 奉献根本山神宮


左岸に石灯籠                      沢歩きは終わり左岸の鎖場に取り付く。

根本山奥の院、彫刻がすばらしい。



いよいよ根本沢の核心部 約15mの鎖場、やせ尾根の直登を、9から10ヵ所鎖場を登って行きま
す。
鎖場途中を振り返ると、日光連山、皇海山、庚申山が眺望できます。

峰の平の、根本山の沿革が書いてあるが、風化して読めません。


根本山 山頂、木々の間から日光連山、足尾の山見える。

根本山より 10分で 根本神社、かなり広い平らな尾根にあります、当時は相当に栄えた形跡が忍ばれます。

奉献のまさかり(斧)          手水舎(ちょうずや、てずみや)の水盤舎(すいばんしゃ)

舎は、ありません、拝礼の前に手を洗い口をすすいで身を清める。
                        尾根の上、水はどうしたのでしょう。(雨)??

神社から 10分くらいで、十二山 山頂 1143m(三角点は、ない コン字界)


十二山より 30分 少し下りる、広い気持ちの良いクマザサの尾根を降りて行くと、正面に、展望台が見え、登って行くと、熊鷹山があります。

展望台からは、360° 眺望できます、八ヶ岳、浅間山、赤城山、谷川岳、雪の日光白根、日光連山、筑波山、袈裟丸山、皇海山、庚申山。

熊鷹山 山頂             登山届けの中に、下記が書いてありました。
1168.6m
二等三角点                        山に全てをかけても
              悔ゆることなし
                (くやむことはない)



熊鷹山 山頂分岐を右に、いきなり急な下り、頂上からロープが張ってあります、途中2ヵ所の分岐が(丸岩岳)左にあり、直進、20分くらいで、石鴨林道出ます、右林道を1時間歩いて、途中、右側に、中尾根の取り付きがあり、不死熊橋へ。


石鴨林道の紅葉                       根本尾根のコメツツジの紅葉



紅葉は、800m、付近より麓へ。

快晴の根本山を、山伏(天狗)が歩いて。

2011年11月15日火曜日

鬼怒川の風になって。

鬼怒川を走って
日曜日鬼怒川の堤防を、風を切って、走って来ました。
途中の木々に、ツタの紅葉がみられます、さわやかな風が、ほほをなぜてゆきます。

小山市 延島新田 七つ橋袂・右岸 52.77km付近





鬼怒川 砂ケ原大橋を、走破。

二宮町 堀込 砂ケ原大橋下流400m 左岸 56km付近
一里塚の手前 河川敷き

花園


薄紫のヨメナ                                 黄色いコスモス


七つ橋袂の四阿で、昼食、宇都宮から、50km走ってきた、ご夫婦としばらく歓談、お尻の話で、何をしても、ケツは痛いそうです。
一日遊ばせてくれて、自転車君ありがとう。

2011年11月9日水曜日

筑波山

筑波山を歩いて
裏筑波 女の川-男の川(表)



女の川 取り付き、鬼ケ作林道の奥 元ユースホステル(深見歩道)入り口の先                  標高700m付近紅葉


標高800m女の川の分岐を左へ、大岩の前を三本松線尾根へ 女体山より 男体山眺望


標高800m付近の紅葉



男の川(表)分岐 薬王院コースの坊主山の先、標高705m付近の国有林のマークの岩



標高690m付近に延命水があります。



標高450m付近(男の川取り付き)大滝大聖不動明王



コバギボウシの実、山あじさい


ムラサキシキブ

筑波の秋に、触れようと 女の川-女体山-男体山-坊主山-男の川を歩いて。
女の川(めのかわ)登山口は、羽鳥より鬼ケ作林道分岐より、筑波高原キャンプ場の林道(砂利道)途中の右に、女の沢、取り付きがあります、水量のある沢沿いに、(明瞭でない踏み跡)交互に渡り歩く、踏み跡は、雨と、落ち葉で消えている、標高550m付近-670m付近まで、右岸を高巻く580m付近右沢に、取水のタンクがあり、かなり太いパイプが麓に向かっておりている、標高710m付近、沢が分岐する、左側の左俣ゴーロの沢を直登する、標高750m付近、枯れ沢になり、急登する
標高810m付近、T分岐にでる、右は草付きで、深峰歩道に出るみたい。左折して、巨岩の前を通り程なく、三本松線分岐に、稜線直下を登り、女体山に、御幸ヶ原のケーブルカーの駅脇に、ゴンズイの実が木が赤く染まるほど実り、秋を告げていた。男体山の男ノ神様に挨拶をして、山岳気象観測所をあとに、富士見展望台で昼食、自然研究路を大石重ね、薬王院分岐を左5分くらい下ると、標高705m付近右に、国有林の赤いマークの岩が有り、右下方向にはっきりした踏み跡を、赤土(粘土混じり)の滑りやすい道を降りてゆくと、突然、延命水が現れる標高690m付近、これより枯れ沢の右岸を歩く、650m付近、水量のある沢が右俣から合流する、沢を渡り又左岸を、しばらく行くと又沢を越すと、ケルンらしき、ここが、裏ルートの分岐かも?左沢に踏み跡が、ここから左岸を沢を右下に見て、大滝不動明王、男の川取り付き。

男の川の登山口は、羽鳥 鬼ケ作林道分岐より数分の男の川橋にあり、7~8台くらい駐車スペースがある。

2011年11月3日木曜日

孫の祖父母参観日

孫の祖父母参観について
コスモスが咲く、秋日より、子供達の熱唱する歌声、はしゃぐ声、孫、を探してカメラを、回してきました、昔の遊び、ということで、竹馬、あやとり、缶馬、お手玉、シュル剣、輪投げ、ヨウヨウ、剣玉等いろいろありまして、何十年ぶりに、竹馬に挑戦してきました。


最後に、孫達がほった、サツマイモをいただいて来ました。
楽しい一日でした。


2011年10月31日月曜日

荒島岳

越前 荒島岳を歩いて
福井県大野市にある、標高1523mの山で、別名大野富士(一等三角点)


赤土の滑りやすい道、ミズナラの老木、きれいなブナの林をひたすら登り(トトロの森)長い階段がつずき道は、平坦や上りが交互に続きながら標高を上げていく、急な階段を登り、シャクナゲ平をすぎ、見晴の良い笹の尾根道をの登つて行くと、荒島岳あります。
春はシャクナゲのピンク色に染まりきれいでしょう。



黄金色の山


眺望の山又山(槍ヶ岳)




ツルリンドウの実                         ユズリ葉の実
11'10.30記(妻)

庚申山

足尾 庚申山を歩いて
庚申山は、栃木県日光市 足尾西部に位置する標高1892mの山です。


猿田彦大神の本殿の庚申山荘

紅葉は、1300m付近をピークに、山を静かに下りようとしていました。

登山道に、しかの糞が落ちていて、私は、遠くで見て、結構大きい山ぶどうと勘違い。

しばらくぶりで、 会の山行に参加して(先輩二人)。