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2012年2月14日火曜日

日光 湯本 憾満ガ淵

日光冬祭

湯ノ湖

「奥日光湯元温泉雪まつり」、約100メートルの雪のトンネルと氷彫刻、夜は、イルミネーションやライトアップが雪の鎌倉を彩り幻想的でしょう。












県内外のホテルシェフなどが制作した氷彫刻21基が、鎌倉の中にあります、風が冷たい、夜になると、満点の星のした、ライトアップに、氷の彫刻が色々な色に染まり綺麗でしょう。













湯ノ湖、奥日光の有名スポット(景勝地)が凍結しています。もちろん、ここのところの降雪で、すっかり一面の雪景色にチェンジ済みです。

雪煙の右側は、紅葉の景勝の厳冬期の兎島。
湖面は完全凍結し、氷上で何か作業をしています。





憾満ガ淵 慈雲寺 化地蔵

天海大僧正=慈眼大師が東照宮を日光に祀った時、別当寺の大楽院(現在の東照宮美術館の地)一帯は往生院といって一山(僧侶)の墓地だった。それその命に従って公海が選んだ地が、含満ヶ淵だったのである。公海はこの地に慈雲寺を建立し、阿弥陀如来と慈眼大師(天海)をその本堂に祀った。
そして「化け地蔵」である。並び地蔵・百地蔵とも呼ばれる。天海の弟子約100名の者が「過去万霊・自己菩提」のために、地蔵一体の座像を造り、大谷川右岸に沿って並べた。
そして、参詣者が地蔵の数を数えてみると、何度数えても数が合わない。そのことから、化け地蔵の名が生まれた。
という言が書いてあります。

今晩ここで、日光キャンドルページェント2012が実施されます。

日光の夜を幻想的に彩る「日光冬祭-ひかりの祭典-日光キャンドルページェント2012」が10日、栃木県日光市の憾満ガ淵化地蔵(かんまんがふちばけじぞう)などで始まった。
雪の残る日光で約3500本のろうそくのほのかな炎が温泉街を彩っている。
東日本大震災復興の願いも込め、社団法人「LOVE・FOR・NIPPON」が福島県内の仮設住宅に住む約40人を1泊2日の日光旅行に招待する。

願いごとが書かれたローソクが準備されています。



キャンドルが一体に一つ、数は合ったのでしょうか??。


私が、訪ねた日は、風が強よく、今晩、催す日でした。
鳴虫山の下山地にあり、日光八景のひとつ、含満ガ原である。

2012年1月16日月曜日

日光一筆龍

日光を歩いて

日光一筆龍を訪ねて
以前テレビで拝見し興味があり、今年は、辰年、是非みたいが実現する日が来ました。
場所は :国道119号線、日光街道の、東武日光駅から、東照宮にむかい約10分くらいの右側のガストの先で、郵便局の手前で、反対側に、日光郷土センターがあり、すぐに見つかります。

日光一筆龍 HP




日光一筆龍の由来

昭和二十九年に初代龍祥(父)が、日光東照宮前、表参道にて墨を使い一筆で龍を描きあげたことが始まりです。
当時何人か居た作家達も後継者が無く途絶えてしまいましたが、龍祥の長男(二代目 隆昇)、長女(三代目 龍正)、次女(四代目 龍寿)に受け継がれ現在に至っております。

初代龍祥が墨のみでなく鮮やかに彩色したことで躍動感と魂を吹き込む技法は、今の時代にも忠実に継承されております。

伝説において生物は龍より生まれたとされ、龍は万物の長として崇められてきました。
そして、龍は仏法の守護の他私たち宇宙に存在するすべてのものを常に守護しております。
龍の姿を描いた龍画は、家門繁栄、招福、除災、法楽を図るとされています。
また、龍は神獣、霊獣とされ魔除け、厄除けの守り神と伝われている事からも、是非ご家庭にお納めください。
日光一筆龍の由来紙による。

テレビで拝見した時は、若い男の人が書いていたと言うと、私が書きます、娘で三代目 龍正ですということで、ちょく筆を見せていただきました。

最初龍の頭のところを、小筆で、鼻・頭・舌・髪の毛をかき、体の鱗の様子を太筆で一筆で書きあげる。      

   









三代目 龍正 高瀬 文子さん


龍のあの鱗を細かい筆遣いで、詳細に一筆で鱗の一枚、一枚をぼかし書きあげます、子供の頃から描いているというお話でした。

今年は、龍年、顎下に宝珠を持っていると言われる、秋になると淵の中に潜み、春には天に昇ると言われ、景気が天に昇る勢いで回復する事をこの作品に願いを込めて。