2011年12月27日火曜日

筑波山 住吉・秋葉神社

筑波山 筑波山を歩いて

筑波山に、御用納め


空気は澄んで、筑波山がくっきり、 その思いを深する。

筑波山は、桜川市真壁町羽鳥から筑波山男体山山頂に至る筑波山参道。かつては、修験道の道だったが、江戸時代ごろから民間の筑波山詣の参道となったようだ。スタート地点となる羽鳥地区には「筑波登山本道」の石柱がある。ここから、少しいくと男女の川があり、そこからほぼ川と並行する道が筑波山に向かっている。(つくば新聞により)

かつては、筑波山は、修験道の行が行われいた。現在も禅定(修験の行)が行われ、190余所霊場がある。

(筑波山神社のHPによる)禅定(ぜんじょう)8月下旬。

知足院開山徳一大士が、延暦元年(782)筑波山下に錫を止め、筑波山神社の二神を仰いで入山。
山腹に至り一神童化現して当山の神窟・霊泉を教示した。大士は大同年中 筑波山を結界(一説に弘弘法大師の結界)して筑波山の東・南・北の三面に190余所の霊場を定め、旧暦5月25日・6月14日・を禅定日と定め、有信の徒を入窟させ諸神諸仏の尊容を拝させた。鎌倉時代に入って筑波山法印現わ修験道その極みに達した。現在も神窟講社によって昔ながらの禅定が行われている。一般の方が参加できる禅定日は8月下旬で事前に申込が必要です。定員20名。当神社の先達が案内いたします。と書いてあります。

・今も、修験道の山で見かける奉納札がある。

立身石に、貼り付けてある。       熊野修験    
奉修行常陸国筑波山入峯天下泰平如意祈攸、熊野修験。修験道が天下泰平を祈願したことを示す碑伝で「山伏」が入峯修行の秘法を後世に伝えるために立てた標識。

立身石の下の洞窟の前に。

景徳院 武田四郎勝頼





法名「景徳院殿頼山勝公大居士」山梨県東山梨郡大和村田野  
武田氏滅亡の地と言われてます曹洞宗天童山景徳院。天正十年(1582)三月十一日、織田軍らに追い詰められた武田勝頼一行が最期を遂げた場所として有名です。境内には勝頼・勝頼夫人・子の信勝の墓所などがあります。




筑波山 住吉・秋葉神社コース

梅林上部駐車場 ― 四阿 ― 梅林駐車場からの十字路分岐 ― 住吉神社 ― 秋葉神社 ― 

V字谷東尾根(合流分岐) ― V字谷・V字谷東尾根分岐 ― 立身石 ― 男体山 ― 女体山 

― 住吉・秋葉神社コース下山 ― 梅林上部駐車場

一番目十字路 左                                   二番目十字路 直進 


三番目のY字路 右                                   四番目のT字路 右



右折してすぐ、大岩・シイの木の下 住吉神社 標高399m付近

住吉神社の前を右に、踏み跡のしっかりした登山路を東方向
へ登って行くと、倒木の上のケルン、十字路直進標高459m


標高486m付近、行き止まりを、左上方向に急登していく。分岐は、住吉神社から約10分。




直登して行くとモミの木・桜・カヤの巨木が、秋葉神社。標高535m付近




神社を過ぎ、西の方向に登って行くと、巨木の倒木が2から3本上を越えて行く、標高621m


倒木は、またげない、上をやっと越えると道は右方向に、枝ぶったカシの巨木の間を大きく迂回し東方向に、岩の上に根を張った巨木。



巨木を越え今度は、左方向に急登して行くと、クマザサの尾根、V字谷東尾根道と平行して登って行くと、V字谷合流分岐。標高782m付近
岩に矢印マーク、木に赤いマーク、住吉・秋葉神社下山ルートを示している。

御海分岐、直登、V字谷上部分岐を直進し、猿が居る洞窟へ、修験道の奉納した札。




戻って立身石へ、立身石上部休憩し、男体山に年末の挨拶をして、女体山に、正月の準備が、きれいになった、手水舎、ご来光の転落防止の柵が設置された、女体山に年末の挨拶をして下山。
筑波山神社



マルバクス楠





さざれ石                 氷の花




オオバジャノヒゲ              ミヤマフユイチゴ



今年最後の筑波山 御用納めを終えて。
女体山・男体山・住吉神社・秋葉神社・筑波山神社

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